2007年03月31日

★2007年4月第1週

[ 4月1日 リニューアルオープンしました。]
(1)博物館便り
本日4月1日は開館して15周年目のリニューアルオープンの日になる。15年前にこの博物館が開館した時は、私はシマノの宣伝課に在籍していて、3階の展示を担当した。
自転車は人にやさしい。地球にもやさしい。自転車のしくみを見せるという3つのコンセプトを基に展示を行った。
この基本コンセプトは15年経っても変えてはいない。今回の展示で変わったのは具体的なライフスタイル提案だ。最大のねらいは自転車ライフへのスムーズな誘導である。
展示→感動→博物館イベントでの自転車の感動体験→ライフスタイルとして定着。
人は説得されても考えを変える事は少ない。人の考え方(自転車への考え方)を変えるのは感動体験だと信じるがゆえに、このような展示を考えた。展示はあくまで手段にすぎないが、この展示からすべては始まるので非常に重要だ。
女性に対するビューティーアップ、男性に対するメタボリックシンドローム改善、子供達に対する環境問題からのアプローチが本当に効果を発揮するのかとても楽しみである。
15年ぶりのリニューアルオープンといっても特にイベントは実施しないので、地味なスタートになる。それでも新聞、ラジオ等、地域に密着したマスメディアの取材を多く受けた。自転車を注目を浴びる機会が増えている。この博物館からの情報発信が、日本の自転車をとりまく社会環境改善に役立つよう努力したい。
07.4-1.jpgリニューアルオープンした3階の展示風景









(2)通勤サイクリング
待ちに待った通勤花見?の季節がやってきた。
この時期は寄り道が多くなる。
日本に公園には桜の木が多い。そんな公園を1つ1つ回りながら朝は博物館へ走り、帰りは夜桜を楽しみながら家に帰る。
ただ興ざめな事もある。 今朝も公園の中を、ゆっくり桜を眺めながら走ると、桜の木の下にブルーシートが敷かれ、柵がしてあるのだ。
花見の宴会を開くための場所取りと思われる。しかし桜の木の根元を踏みつけると、根に悪い影響があり、焼肉の油煙は、桜の枝や葉に悪いと聞いたことがある。桜を見て楽しむことは良いと思うが、 本当に桜の花を大事に思うのであれば桜の身になって、来年、再来年も見事な花を咲かせる思いやりを持つことも必要でないのか?
「花より団子」という言葉もあり、日本人の桜に対する想いとはこんなものなのかと思うと、少々寂しく感じるのは私だけではないだろう。(中村博司)

posted by bikemuse at 18:23| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2007年03月24日

★2007年3月第4週

[ 3月25日 当館は4月1日にリニューアルオープンします。]
(1)博物館便り
先週19日に堺市内の小学校の卒業式に出席した。
私が小学校を卒業したのは50年近く前で全く記憶にない。
なぜ私が小学校の卒業式に出たかだが、何回か報告した「キャリア教育プロジェクト」の授業を受けた6年生の子供達が、成長した自分たちの卒業式に是非私たちを招待したいと、先生方に提案したことで実現したのだ。今回の卒業式は卒業する子供達中心で構成され、挨拶も校長先生とPTA会長さんが10分ずつと短く、好ましかった。
子供1人1人が小学校で学んだこと、これからの目標などを10秒程と短いが体育館のステージの上から発表したあと、校長先生から卒業証書の授与を受けていた。
自分の父母に対し、「今まで育ててくれてありがとう。これからもよろしくお願いします」と感謝の言葉を言う子供もいて、目に涙する親も多かったと思う。
また1人の男の子は宇宙飛行士になりたいと夢を語り、チームワークの大事さはキャリア教育で学んだと発言してくれた。校長先生の挨拶の中でもかなりの時間をさいてキャリア教育について話してくださり、私も目に涙がこみ上げてくるのを押さえきれなかった。それは私がこの毎週日記に書いたコメントをそのまま引用しておられた事にもよる。
3月20日に発売された「大人のサイクリングビギナーズ」にも私がキャリア教育に協力している写真が大きく掲載されているが、この小学校の授業風景だった。それで持っていたこの本を校長先生にプレゼントした。
07.3-4.jpg
大人のサイクリングビギナーズの表紙です。








(2)通勤サイクリング
3月に入って上旬は暖かい日もあったが、中旬はずっと寒かった。
21日になって、ようやく春が来た。暖かくなると厚い冬用ウェアから開放され、耳あても外し、軽快な走りが出来る。
気分がウキウキしてくるのは私だけではないだろう。
自転車博物館の遅咲きの梅が美しい。隣接する大仙公園でも早咲きの桜が見事な花を咲かせている。
構想から約2年かかった当館のリニューアルも4月1日の再オープンが近づいている。
展示はすべて全く新しく、洗練されたものになった。変わらないのは外観と事務室の中くらいのものだ。
皆さんのご来館を心よりお待ちしています。(中村博司)

posted by bikemuse at 14:37| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2007年03月18日

★2007年3月第3週

[ 3月18日 私の初めての単独執筆の本が3月20日に発売されます。]
(1)博物館便り
欧州報告の3回目です。欧州3日目は、オランダ西部の街ナイメーゲンにある世界一の自転車博物館ベロラマを訪問した。
目的は2つあって、1つはクラシック自転車の勉強のためと、もう1つは3年前に愛媛県八幡浜市の方から入手したラントン型三輪車について調査を依頼していたので、その話を聞くことだ。
結論から言うと、ラントン型は世界に2台しか現存していない。当館が保有しているものは日本で作られたコピーであるとの事だった。しかしコピーと言っても1870年代位に作られたと思う。これも世界にほとんど残っていない貴重なものである。また輸入車を見てすぐにコピーを作ってしまった当時の日本の職人の技術は素晴しいものだと思う。
このラントン型三輪車についての資料も入手したが、現在はリニューアル工事の仕上げの時期で詳しく資料を読む時間がとれない。新展示、2種類のパンフレット改訂、ビデオ制作、特別展「昭和の自転車」の展示準備が、4月1日のリニューアルオープンに向って同時進行しているのだ。
さてクラシック自転車の勉強だが、ベロラマ訪問は2002年9月に訪問して以来、2回目だ。この時はドイツのミュンスター市で開かれた国際自転車歴史会議に出席して「日本の自転車レースの歴史」を発表したあと、電車を乗り継いで来たのだ。あれから4年たったが、館長のムート氏が見せてくれた工事中の隣のホテルはオープンしていた。
博物館1階から3階まで展示室があるのだが、1階の展示物の半分位は新しいものになって驚いた。
ベロラマは古い自転車をレストアして展示している。そのためとても綺麗だし、機能も復活させている。4年半の間に、これらのレストア作業が済んだものを、次々と展示品に加えているのだとムート氏は説明してくれた。
私が気になったのは1869年のフランス製の鉄の車体と車輪のボーンシェーカーだった。この車軸の所には切替え装置がついていて、固定とフリー機構が働くのだ。1880年代のセイフティー車は固定ギアが使われており、私はフリーホィールは1890年代位から使われていたと思っていたが、1869年製の鉄のボーンシェーカーがこのような機能を持っていたのは驚きだった。
歴史的事実も新たな資料の発見で書き直すことが必要になるのだが、今回改めてそう思った。
07.3-3

1869年のフランス製、鉄のボーンシェーカー





07.3-3-1

固定とフリー機構の切替がついた、鉄製車輪の車軸付近




(2)通勤サイクリング
3月に入り、4月に開催したMTBツーリングはまさにぽかぽか陽気の中で行い、今年は暖冬だ。桜の開花が早まるといった話があった。しかしご存知の通り、日本列島は強い寒気の中にある。
厚い冬用ジャージーにウィンドブレーカーを重ね、帽子とマスクを着用して走っている。
おかげで寒くはないが、薄着をして軽快に走れたらもっと楽しく乗れるのに・・・という思いは強い。もう少しの辛抱だ。
早咲きの桜が、大仙公園でも見られるようになった。心ときめく春の陽気の中を、ゆったりしたライディングを楽しみたいものだ。
最後に1つお知らせがあります。私の単独執筆の本が、3月20日に八重洲出版より出版されます。「サイクリングビギナーズ」です。書店で手にとって見て、気に入ったら買ってください。(中村博司)

posted by bikemuse at 09:05| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2007年03月10日

★2007年3月第2週

[ 3月11日 私は今もフランドリア・ファミリーの一員でした。]
(1)博物館便り

先週に引続き欧州報告です。
2月24日は、シマノ社員のファンフリート氏の運転で2時間半ドライブして、オランダからベルギーへ移動した。今はEUになり、国境を感じるのは何もない。
私がフランドリアチームと行動を共にしていた34年前は、一応パスポートの提示などを求められる事もあったが、たいがいはチームカーに乗っていると、フリーパスだったのが懐かしく思い出された。
11時頃記念式典の会場に到着した。
シマノはこの式典のスポンサー13社の一員として主催するZedergem市に協力している。
11時半から12時半までは軽く飲み、食事する時間だった。体育館の中に軽食が用意された、立席の小さなテーブルにいると、今回の式典で司会・進行役のベルギーでも有名なキャスターが来て打合せた。
この体育館で行われる式典で、プレゼンテーションを行う事になっているのだ。内容は、シマノがヨーロッパのロードレースに参入する時に、お世話になったこのチームに感謝している気持ちを伝える為、日本から初代メカニックを担当した私が来たこと。そしてシマノは、自転車文化を日本でも定着させるため博物館を運営し、さまざまな事業を行っている。さらに今回はリニューアルを行い、自転車ライフを提案する博物館に変えることを伝えるという内容だ。
打合せたあと、突然テレビのチームが来てインタビューを受けた。 ベルギーの国営テレビだと名乗り、話を聞きたいというのだ。私は会場で行うため用意したプレゼンテーションの内容を資料に基づいて説明した。テレビチームもその内容に関心を持ってくれて、もう一回プレゼンをやってくれとの要請があり、テレビカメラに向って再度行った。
この体育館のイベントは12時半に始まり、13時半頃に、私とファン・フリート氏と共にステージに上がり、インタビューを受けた。
私のフランドリアチームの長袖ジャージーを見せて話した。ステージでのプレゼンテーションは、ファンフリート氏が私の代わりにやってくれた。通訳を入れると時間がかかるので、時間を短くするためだ。
ステージから戻ると、旧友が来ていた。マッサージのヨセフ・ドント氏だ。
チームメカニックのフレディー・ハイデンス氏と3人でいつも行動し、休みの日によくロードバイクに乗って彼の家へ遊びに行ったものだ。
ハイデンス氏はアメリカにチームと共に行っているので、欠席したと彼の娘さんから聞いた。
14時半から約1,300人の席が埋まった。多目的ホールにはステージに大きなスクリーンが張られ、昔の写真や貴重なニュース映像で、フランドリアチームの歴史が紹介された。
そのスクリーンに登場した往年の有名選手が、司会者の指名でステージに上がり、インタビューを受けた。1976年と1981年に2度世界チャンピオンになった、フレディー・マルテンス氏や1977年にジロ・デ・イタリアで優勝した、ミシェル・ポランティエ氏などだ。また当時のチームのキャプテンで、後のドイツテレコムチームの監督になったゴッドフロート氏などだ。
このステージでのショーが終ってから、彼らと記念写真を撮った。
3人とも私の事を覚えてくれていた。
このフランドリアの記念式典には、約1,300人の人が集まった。思いを1つにしたフランドリアという1つのファミリーで、解散後30年経過しても人々の意識に残っていたのだ。そして、たった1シーズンではあったが、チームのために共に働いた私を、34年たった今でもファミリーの一員として認めてくれている事にとても感動してしまった。(中村博司)

07.3-2.jpg
ベルギー国営TVの取材






07.3-2-1.jpg
ゴッドフロート氏と
posted by bikemuse at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2007年03月03日

★2007年3月第1週

[ 3月4日 オランダの自動車のマナー良さに驚きました。]
(1)博物館便り

先日22日に関西空港を出発し、オランダのスキポール空港に同日到着し、シマノヨーロッパの社員に迎えてもらい、夕方なのでそのままホテルへ。
23日はオランダのバタバス社を訪問した。当館のクラシック自転車をバタバスの博物館にあったものを購入したのは1983年だった。
その後バタバス社も博物館を再開している。新しい自転車を揃えたショールームの隣に自転車50台、オートバイ10台程度の展示がされていた。縁のあることなので、今後共に協力関係を持っていこうということで、当館の所有するオランダ製のボーンシェーカー、オーディナリー、セイフティを1台ずつ無償で貸出すことになった。
当館としてはオランダの自転車文化を伝えるために最新型のコンフォートバイクを送ってもらい展示する。この最新型は、ランプは前サスペンションと一体化し、シートステーに馬蹄型の鍵を組込んで一体成形して、誠に洗練されたデザインの自転車だった。オランダの自転車ショーでグッドデザイン賞を受賞している。
4月1日のリニューアルオープンに間に合うかわからないが、団塊世代の夫婦で楽しむ自転車ライフを提案するために使いたいと考えている。
07.3-1jpg.







(2)通勤サイクリング
欧州へ行ったので、自転車に乗れなかった。それでオランダの自転車環境について書きたいと思う。
オランダの新しい干拓地は地平線が見える位広大なものだ。新しい風車が一列に運河沿いや畑に中に立っていて、ゆっくり回っている。オランダの土地は海面より低い所にあることが多いので、降雨なので貯まった水をモーターで北海へ排出している。その電力はかなり必要だと思うが、こうした風車の発電でまかなわれているのだろう。所々に赤い船のマークが立っている。これは、そこはかつて海であり、マークの下には船が沈んでいる事を示している。そんな道沿いには必ず自転車レーンが作られ、学生らしき若者が地平線に向って10〜20kmも続く直線の道をペダルを踏んで走っていた。
古い集落に入る所では、ハンプと呼ばれる凸やクランクカーブが地面に設けられ、50kmなり30kmなりスピード落とす。そんな道は狭いので、道の両端に赤く塗られたスペースがあり、自転車が走る場所を示している。
道を自転車も自動車も共有で使う意識がしっかり根付いていて、自動車はスピードを守って、皆ゆっくり走っていて、マナーの良さを羨ましく思った。
案内してくれたオランダ人社員に聞くと、レーダーがいたる所に設置され、違反すると最低でも1万円位の罰金がくるとの事で、やはりルールを守るにはそれなりの理由があるのだと納得した。(中村博司)

posted by bikemuse at 15:26| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする