2009年07月25日

★2009年7月第4週

[ 7月26日 エメラルド・ネックレスのある街へ]
(1)博物館便り
先週金曜日より近くのショッピングモール[イオンモール堺北花田]で「昭和の自転車」12台の展示を開始した。これはここ数年恒例で当館主催の絵画コンクールに出品したい子供達が写生するための展示である。もちろん当館に入館する人数の100倍以上の方が毎日訪れるショッピングセンターでの展示は、自転車に普段目を向けない方が自転車に関心を持ってもらえる機会でもある。展示の効果は簡単に確認できないが、毎年継続することで効果が期待できるものだ。私も15年程前にはシマノの宣伝課で働いていたことがる。その時ある勉強会で学んだ事は「広告の蓄積効果」というものだった。商品名や特長は一度や二度では消費者に覚えてもらえない。何度も何度も繰り返し視覚、聴覚に訴えることでその商品(今回は自転車の魅力)を頭に焼き付けることができるというものだった。
さて、今回の当館展示車紹介は、1887年にイギリスで作られたカンガルーと呼ばれる前輪が小さいオーディナリーである。オーディナリーは速く走るためペダル1回転で進む距離が長くなるよう巨大な前輪を使ったため大変危険な自転車になった。早く走れるのに止められないうえ、転倒すると高い乗車位置から前方宙返りするからだ。このカンガルーはペダル1回転で車輪が1.5回転するので巨大な前輪を使った時と同じく速く走れ、乗車位置も相対的に低くより安全と言えるのだ。
09.7-4-1.jpgカンガルーの形に似ているので、この名がついたようです。


09.7-4-2.jpgペダル1回転で車輪が1.5回転するのはペダルのついたギアは12歯のギア、車輪中央のギアは8歯のギアが付いていてチェンで結ばれて駆動するからだ。


(2)通勤サイクリング
先週より夏休みに入り、ふだんは学校へ通学する子供達が我が家の近くの緑道(人と自転車の遊歩道)を歩かない。先週推奨した「緑のトンネル」を使って通勤サイクリングすることにした。木陰の道は私の通勤ルート15kmのうち約半分位の7.5km位はあるだろうか。
全コースが緑のトンネルになれば真夏でも自転車利用者が増え、健康や環境保全に役立つはずだ。この考えはアメリカのグリーンウェイ(緑道)運動の父とされるオルムステッドから始まった。世界初のグリーンウェイはボストンパークシステムで、オルムステッドはボストン周辺のいくつかの公園に緑の半円状の回廊を設けた。今日ではエメラルド・ネックレスと呼ばれている。
私もこんなエメラルド・ネックレスを堺に作りたいと考えている。2001年秋に行われた堺の文化を学ぶ堺市の外郭団体(財)堺都市政策研究所主催の「フォーラム堺学」で「堺と自転車」と題して発表した。あれから8年たって再び「堺・南大阪地域学」講座で講演を依頼されている。12月3日(木)の講演まで時間があるので、欧州の新しい自転車利用促進策の紹介も含め内容を考えていきたい。  (中村 博司)


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2009年07月18日

★2009年7月第3週 

[ 7月19日 緑のトンネルを走ろう]
(1)博物館便り

いよいよ今週末から当館最大のイベント「夏休みこども絵画コンクール」がスタートする。昨年の応募作品は32,913作品と開館以来応募作品数は上昇を続けている。
当館が継続している理由は、子供達が絵を描くため自転車を注意深く見る事で、自転車のしくみ=人力で動くから健康にも環境保全にも役立つことを分かってほしいという願いであり、子供達が言葉以外に絵=図を描く能力を育てることで豊かな表現力を身につけてほしいということである。
子供達が夏休みに絵を描いてもらう時に、一般の見学者が展示を観る妨げにならないよう展示場に座机状のものを設置した。そのために展示車を少し間引きして机を並べた。イベントを成功させるため知恵と労力が必要なのです。
今月の展示車の紹介は1880年にイギリスで作られたサルヴォ型三輪車です。
当時の英国女王だったビクトリア女王がこの三輪車を2台注文したので、ロイヤル・サルヴォとも呼ばれています。軽量・小型化された差動ギアとラック&ピニオンのステアリングシステムを備えています。
この三輪車に女王が本当に乗ったというオランダ人もいました。本当ならスゴイ。
09.7-3-1.jpg座って展示車を描いてもらうため座机を設けた





09.7-3.jpgロイヤル・サルヴォ三輪車






(2)通勤サイクリング
梅雨は九州と関東で終わったようだが、関西はまだ梅雨明け宣言はない。
暑さは確実に増しているが、風の強い日は涼しい。しかし風が止ると、関西特有の湿っぽい暑さが不快感を高める。朝は早めに走り出し、帰宅は日没後というスタイルを続けている。日中の日射しは肌を射すように鋭い。そんな季節も博物館イベント「健康サイクリング」は実施する。7月のコースは「緑のトンネルを走る」である。目的地はない。ただただ木陰の多い道をつないで約3時間走る。休憩時間は「紫外線対策」を話す予定だ。
先日下見をしてきた。出来るだけ周回コースにしたいと考えたが、一般道は木陰が少ないので、古道天野街道の木陰の多い部分を往復することにした。
真夏のサイクリングは熱中症と日焼けが大敵です。自宅近くに緑のトンネルがないか探してみて下さい。(中村博司)

posted by bikemuse at 12:29| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2009年07月11日

★2009年7月第2週

[ 7月12日 これほどの努力を人は運というなり]
(1)博物館便り
先週は「こんな自転車欲しかってん」コンテストのプレゼンテーションを行うため小学校を1校、中学校を1校訪問し、授業の手伝いをして来た。小学5〜6年の51名の児童に見てもらうため、欧州で使われている自転車を教室に持ち込んだ。コンテストについては6月7日の日記に書いたので見て下さい。
まずスペインのバルセロナ市の「シティーバイク」についてDVDの映像を3分見てもらった。
市民や観光客が「シティーバイク」についてそれぞれの使い方、どんな時に活用しているかをスペイン語で語る。「自動車の代わりに使え、環境にも良い」「歩いているより10分早く着いた」「地下鉄やバスで来て乗り継ぐなど便利で公共交通機関を補完する」「好きなルートを自由に移動できる」など字幕スーパーで紹介する。
そのあと私から、このシティーバイクの構造や工夫されている点について説明した。また利用者アンケートを紹介し、一週間に何回利用するか?使う最大の理由は何か?その結果どんなメリットがあり、まちの発展に役立ったかの説明をした。
環境モデル都市となった堺市は自動車の有効活用のために、このような24時間利用可能な公共交通機関としてのコミューターバイク(シティーバイク)の規模や方法については検討中だが、導入を決定している。子供達の提案がそのまま堺市独自のコミューターバイクになるとは思わないが、地域に実際に起こっている事を自分達自身の問題と考える事がとても大事なのだ。
今週の当館の展示車は、1878年にイギリスで作られたスターレー・ソーシャブルだ。現在の自動車の技術として欠かせないハンドルを回して前輪の方向を変える仕組みとコーナーを小さく旋回する仕組みを装備している。実はこの技術は、ベンツが世界初のガソリンエンジン車を発明する8年前に作られたものだ。つまり自転車産業が発明した技術を使う事で自動車が誕生した証拠となる三輪自転車なのです。
09.7-2.jpgスターレー・ソーシャブル三輪車。






09.7-2-1.jpgハンドルを回して前輪の方向を変えるラック&ピニオン





(2)通勤サイクリング
梅雨明けはまだだが、雨に合う事が少なく快調に走っている。休む日が無く毎日走れば、脚の回転がスムーズになる。無駄な力が抜けて、少々の上り坂も少しずつ軽いギアに変速させながら、脚の回転を落とさないよう軽く回し続ければ脚に負担をかけずに上れる。
レースの場面でいつもやっている事を通勤サイクリングでやっていなかった。こんな走り方は、脚の筋肉痛を少なくするように感じる。ここ数年、がんばってスピードを上げて走りすぎると、走り終わってから脚が痛むのは、年を重ね傷ついた筋繊維の修復に時間がかかっているのかもしれない。
一方ツール・ド・フランスは若い日本人選手の活躍で盛り上がっている。彼らが世界で最も厳しいツールでこれ程の結果を出すとは、私も含め誰も予想していなかったと思う。連日マスコミや応援団に囲まれシンデレラボーイのように報道されている。しかし彼らがどんな努力をしてこの場所にいるかの説明はない。彼らがフランス語でインタビューを受け、堂々とフランス語で話しているのを見て、彼らが自転車に乗って走る事以外にも、語学を努力して学んでいた事を知った。またチームメイトとの友好な関係を築くため、多くのカルチャーショックを乗り越えてきたに違いない。また若い別府選手と新城選手を指導した浅田顕氏を忘れてはいけない。浅田氏は単独でフランスに渡り、1990年代にプロ選手としてフランスで活躍したのち、独立プロチームを立上げフランスのレースに挑戦してきた。ツールに日本人チームを参加させる事を目標にしてきた。その成果が新城選手のブイグ・テレコムチームへの移籍であり、今回の彼の活躍の土台になっている。
ツールで活躍する2人の日本人選手は運にも恵まれてツールへの出場を果たし、結果を残す事が出来たと考えるのは正しくない。「これほどの努力を人は運というなり」と言った人がいる。私もその通りだと思う。良い結果には必ず理由(努力)がある。(中村博司)

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2009年07月04日

★2009年7月第1週

[ 7月5日 ツール・ド・フランスから目が離せません]
(1)博物館便り

先週にシマノより自転車5台を受取った。
アメリカでは「コースティング」と呼ばれる日本の自転車と全く異なる形のレクリエーション目的の自転車が流行している。カリフォルニアのビーチをゆっくり走るのにピッタリの自転車だが、ブレーキはペダルを逆転させることで効くので、慣れていないと非常に危険である。
アメリカでは昔は「クルーザー」と呼ばれる自転車が流行していた。ゲーリー・フィッシャー氏が1930年代のシュイン社が作った「エクセルシャー」というモデルを改造して「クランカー(アメリカの造俗語で、走ると騒音がするおんぼろ車の意)」を作ったことが、マウンテンバイクの誕生になった。
歴史は繰り返すというが、再びこうした自転車で遊ぶアメリカ人が増えているのだろう。
09.7-1-1.jpg09.7-1.jpg






早速コースティング2台を3Fの自転車ライフを提案するコーナーに展示しました。

(2)通勤サイクリング
ツール・ド・フランスが始まった。今年は13年ぶりに日本人2人が出場するので、例年とは異なる視点、応援でツールに注目することになる。
私にとってツールはレースに全力を尽くした青春時代の憧れ、栄光のシンボルであり、同時にあまりも遠い存在だった。
自転車で楽しく走る世界と、本物のレースの世界は100倍も厳しい世界であり、その日本のレース界とツールを走る世界もまた100倍違うという感覚が私にはある。
その世界に2人の日本人選手が堂々と実力で足を踏み入れた事に対し、驚きを禁じえない。
1970年にロードレースの全日本選手権で優勝し、その年のニュージーランドで行われたオークランドからウェリントンまで1,000kmを6日間で走るステージレースに参加した。
45人程の参加者の中で20位で完走したが、ロードレースの本当の苦しさを体験した。筋肉だけでなく内臓も疲れきって、帰国して2〜3年はまともに走れなかった記憶がある。しかもそこは欧州から遠く離れた地でのアマチュアだけのレースだった。
この時程ツールが遠く感じられたことはなかった。1973年に誕生したデュラエースと共にメカニックとして参加したツール・ド・フランスは、本当にスーパーマンだけが参加しているレースだった。選手、監督、コーチ、マッサー、メカニック、プレス関係者、主催者も含め全てが、過酷なツールのスケジュールの中で全力を尽くしている。早朝からレース終了後の次のスタート地点への移動など、ツールを戦っている。その世界に一度でも身を置いたことは私の誇りです。(中村博司)

posted by bikemuse at 17:02| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする