2011年04月30日

★2011年5月第1週

[ 5月1日 パンクしないタイヤの正体]
(1)博物館便り
愛媛県八幡浜市の菊池家から日本で最も古いと思われる三輪自転車を寄贈いただいたのは2005年2月だった。
この八幡浜市でまちおこしの活動をしている「菊池清治邸を活かす会」の世話人の方が来館され、ここで開かれるマウンテンバイクのレース開催に合わせ4月22日(金)〜25日(月)まで、この三輪車のお里帰りを企画し「日本最古の自転車展」を開催したいので協力してほしいと要請があった。
展示場所は八幡浜市の戦後初の市長であったこの菊池清治氏宅である。当方としても、非常に貴重な三輪車を寄贈いただいたお礼も兼ねて、当館の所蔵するドライジーネ、ミショー、オーディナリー、セイフティの4台も合わせて貸出し、合計5台の展示にして、説明パネルも当方が用意するなど協力して実施した。
菊池清治邸を生かす会の方も、貴重な自転車5台のために泊まり込むなど、注意を払っていただいた。4月22日には八幡浜市長などのテープカットが行われ、この展示期間中に来館された方は1,000名を超える盛況であったとお聞きした。
自転車を活用したまちづくり、まちおこしの自助努力をされている活動に対しては今後とも協力させていただきたいと考えている。
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八幡浜市の菊池邸に展示されている里帰りした日本最古の三輪車

<今週の展示車>
特別展「シマノ90年のあゆみ」に展示中の昭和30年代に作られたナショナル自転車の3段変速サイクリング車です。
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(2)通勤サイクリング
ようやく暖かくなってきたと思ったら、27日の大阪は暑いと思わせる陽気となった。ショートパンツで今年初めての通勤をした。
南からの強い風に押される形で、普段の2割増しのスピード走行を楽しみました。こんなに暑くなる時は雨の前兆であることが多く、午後から雨になった。
この日の夕方は堺市役所で「堺・自転車のまちづくり市民の会」の会合が開かれ、私を含め8人が出席した。そのうち1人は先日まで堺市の自転車まちづくり推進室のスタッフだった方で、大阪府からの出向で堺市で働いていて、4月の異動で大阪府に帰られたのだが、今回から一市民としてこの活動に関わりたいとの意欲を持っておられ、嬉しくなりました。
今回の議題は市民の会のメンバーが中心に改訂作業を昨年春から今年3月上旬まで行っていた「堺市自転車地図」の紹介だった。この地図は5月1日より希望者に無料で配布される。当館でも配布用に預かって来た。この地図の完成を記念して6月19日(日)にサイクリングを実施することが決定した。午前の部と午後の部があり、午前は堺の環濠周辺の観光スポットを観光ボランティアの説明を受けながら15km位走る。午後は河内長野市の金剛寺までアップダウンのある道を約50km走る予定だ。これからコースを検討し、6月1日から受付をする予定だ。この会合で堺市が震災地に送る100台の自転車に装着されるパンクしないタイヤ(正確にはソリッドのゴムをチューブの代わりに入れる)を見せてもらった。普通の空気の入るチューブは100g程だが、この代用チューブは660gあるので、前後輪に装着すると車重が約1kg増える。しかもリムはステンレス製を使用することが条件とのことだ。従ってパンクしないメリットがあるにしても乗り心地が悪くなり、走り出しも重くなる。価格も自転車1台あたり1万円程アップするようだ。
震災地には瓦礫や金属片などパンクを誘発する条件が揃っているので、パンクしないタイヤはその特性を生かせるが、このタイヤが一般の自転車に普及する可能性は価格の面からも低そうだ。(中村博司)
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完成した堺市自転車地図
ポケットに入れ易いサイズに折り畳めて耐水性を高めた紙を使用している。
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2011年04月23日

2011年4月第4週

[ 4月24日 日本と組織のあり方について考えさせられた。】
(1)博物館便り
この日記は4月21日(木)に書いている。私は15年前のこの日、1996年4月21日にシマノより出向でこの博物館へ来たのである。
当時の入館者は今より5,000人少なく、絵画コンクールの応募作品も2,000作品程だった。現在は34,500作品だから、17倍にも増えたことになる。
私の着任前の1995年では入館者とイベント参加者の合計は30,000人程で、現在の85,000人と比べ55,000人程増加したことになる。
当時も今もスタッフの人数は少ない。だから組織という形は少なく、1つのチームとしてスタッフ全員が、自分の持場で自由な発想で入館者やイベント参加者に満足していただく共通の目標に向かって努力した結果であると思う。その頃から入館者とイベント参加者の受付を担当してくれている女性スタッフが今も頑張ってくれているのは、個人の力を最大に引き出して働いてほしいと考える私の誇りでもある。
今回の大震災で思うことは、日本人と組織についてである。
日本人は大災害や大工事にチームプレーを生かした土木工事・共同作業を得意としてきた。当自転車博物館の目の前にある日本最大の古墳・仁徳陵古墳などその典型例である。ただ組織は1つの明確な目的と目標を共有している時は良いが、意見が分かれた時はその組織を守る勢力が主流になることが多いと思う。明治の時代は個人の力が日本のレベルを決めた時代であり、「坂の上の雲」に見られるように秋山好古は日本の騎兵が世界最強と言われたコサック騎兵を破った。秋山真之は日本海海戦で全力をあげて敵の分力を打つ艦隊行動という戦術で日本を勝利に導いた。ロシアから日本を守るという明確な目的を共有していた。しかし太平洋戦争は開戦か非戦かで意見は分かれ、良識ある個人の見識は埋もれて、組織は欧米の経済力、戦力を過少評価し、日本の経済力、戦力を過大評価する過ちを犯したように私は思う。
今回の事も戦後初の湯川博士のノーベル物理学賞に代表される先人の努力による日本の科学技術への過大評価と大自然の力を [想定した以上の力を想定外として除外していた] 過少評価することで大きな災害になった面は否定できないように思えてならない。この評価をした日本の組織のあり方についても、再検討が必要に思える。二度と同じような過ちを繰り返してはならないのである。
<今週の展示車>
アメリカ、シュイン社のハイライザーで、1970年頃作られレストアされた「コットンピッカー」というモデルです。
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(2)通勤サイクリング
4月下旬に入っても気温が上がらない日が多い。特に朝夕が冷え込み、長いパンツとシャツにウィンドブレーカーを着用して走っている。
先週17日に開催した健康サイクリングは染井吉野の桜の花吹雪の中を走る程に桜の開花が遅れていた。
今週に入って博物館の八重桜が見頃を迎えている。美しい八重桜に包まれた自転車博物館の風景をお楽しみ下さい。(中村博司)
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(3)新刊の紹介
八重洲出版よりチクリッシモNo23が発行されている。価格は1,575円です。
春のクラシックレース(ミラノ〜サンレモ、ツール・デ・フランドル、パリ〜ルーベ)を中心に集録している。
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2011年04月16日

★2011年4月第3週 

[ 4月17日 長者の万灯より貧者の一灯】
(1)博物館便り
当館の利用者数は4月1日スタートで翌年3月末日に〆切る形で集計してきた。開館以来19年間の統計をとっている。2010年度はこの3月末に〆切り、昨年の実績が出た。
入館者は28,500人程、夏休みこども絵画コンクールのためにイオンモールで館外展示を行うが、その人数が6,300人程、自転車ひろばのクラシック自転車のレプリカ試乗は8,500人程、乗り方教室は1,700人程、こども絵画コンクールは34,500点程になり、その他自転車散歩や健康サイクリングなども加えると2010年は85,000人程の方に利用していただいたことになる。
2009年に比べて300人程の増加で、ほぼ横ばいであった。入館者、レプリカ試乗、絵画コンクールの3本の柱にプラスしてもう一つ太い柱が必要で、今年は「こんな自転車欲しかってん」のコンテストをもっとメジャーなイベントにするべく対策中である。
子供達に「生きる力」「問題解決力の向上」を身につけてもらうキャリア教育を目的にして行ってきたが、絵画コンクール程の伸びがないので、魅力を向上させる新たな挑戦をしたい。
<今週の展示車>
2000年頃に作られたキスキス(QUIS-QUIS)という名前の平行リング付三輪車です。
シマノ7段内装ハブを装着し200台限定の12万円で販売されました。
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(2)通勤サイクリング
大仙公園はサクラが満開を迎えているが、朝夕の冷え込みと日中の気温上昇の差が大きい。手袋も昼間なら指切り、朝夕はフルカバーの手袋が欲しい。
事情があって遠出の計画が流れたので、走行距離が伸び悩んでいる。時間を作って堺浜周回コースでも走りに行こうかと思っている。
話は変わるが、「長者の万灯より貧者の一灯」という言葉を義父に教えられた。お釈迦さまがインドの王様に招かれて説教を行い、帰り道が暗いので王は万灯をともして見送った。1人の老婆が自分の食べ物も節約して油を買い、灯を1本たてた。明け方には長者の灯はすべて消えたのに老婆の灯はいつまでも明るく輝いていたという話だ。
多くの金額をかけたものより、わずかでも真心のこもった行いが大事だという話である。
今回の大震災でアメリカからトモダチ作戦という大きな協力、台湾の方は多額の寄附を集めて日本に救いの手を差し伸べて下さった。ありがたいことだ。
先日TVでインドネシアやフィリピンの貧しい方が、日本の災害を聞き「津波で日本から以前に多くのサポートをしてもらった。今度は私達がする番だ」と食費を削ってまで寄付してくれているという報道だった。私はこれこそ現代の貧者の一灯であると思った。人間と人間、国と国はお互いに信頼し、尊敬し合うことから対等の関係が生まれ、真の友好となる。たとえ金額は少なくても、その方々にとってはとても大きな出費であり、日本は拝受し、感謝を忘れてはいけない。僅かなお金だからと辞退したら謙虚ではなく、傲慢となり、日本の未来を危うくするものだ。私もアメリカや台湾はもちろん東南アジアの方に会ったら丁寧にお礼を述べたいと思う。(中村博司)
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4月14日の大仙公園の満開の桜並木です。

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2011年04月10日

★2011年4月第2週

[ 4月10日 被災地へ復興応援自転車を堺市が送るので、点検を行いました。】
(1)博物館便り
堺市は自転車産業の街ということで被災地へ自転車を無償提供している。朝日新聞の報道によれば、3月下旬にパンクしないタイヤ(空気の代りにゴムが詰まっている)を装着した自転車を仙台市などに無償提供したが好評なので、5月上旬にも岩手県にも送るとのことだ。5月では少し遅いなと思っていたら、堺市の自転車まちづくり推進室より電話が入った。被災地へ送る自転車60台のブレーキ、ライト、タイヤなどの点検を「自転車のまちづくり市民の会」のメンバーに依頼するものだった。幸いスケジュールが空いていたので、スパナ、ブレーキワイヤー、ワイヤーカッター、虫ゴム等を持参して協力してきた。
阪和自動車道の高架下に自転車保管返却所があった。放置された自転車を一定期間保管し、廃棄するものの中から程度の良いものを60台、掃除と点検をしたうえで大阪府がまとめて被災地に送るとの事だ。
今回の60台は、被害が大きかった岩手県の陸前高田市と大槌町からの要請を受けて至急に送るための点検だった。自転車には1台ずつ復興応援自転車、堺市、がんばろう日本、全国自転車問題自治体連絡協議会文言の入ったシールが貼られる。私も1台1台ほこりをぬぐって、ブレーキやランプの点検をし、最後に空気バルブを抜いて虫ゴムの点検交換をしてコンプレッサーで空気を十分に入れた。一度は持主から見離された自転車だが、私は1台1台の自転車に被災地の方々のお役に立ってほしいと願いながらほこりをふき取った。
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<今週の展示車>
2003年生産のシロウマAW型自転車である。
富山県のシロウマサイエンス鰍ェ全天候型で体力増強(トレーニング、ダイエット)も目的に製作し、国交省の型式認定も取得したフルカバーの電動アシスト付三輪車です。価格が80万円と高価なため5台程だけ作られました。
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(2)通勤サイクリング
大阪は桜の満開を迎えているが、残念なニュースが入った。5月中旬に開催予定だったツァー・オブ・ジャパンの開催中止が決定したのだ。
開催中止の理由については、Tour of Japan組織委員会と(財)日本自転車普及協会から3月30日に出されたプレスリリースに詳しく述べられているので省略するが、堺の自転車のまちづくりのシンボル的イベントであり開催中止は大変残念である。
もうすぐ堺市自転車地図の改訂版が印刷できます。それを記念して自転車のまちづくり市民の会主催のサイクリングイベントを6月に開催予定です。お楽しみに

(3)新刊紹介
ヴィンテージパーツ図鑑が(株)えい出版より4月10日に1,260円で発売される。 OVEの吉村洋三マネージャーが雑誌バイシクルクラブに連載していたものをまとめたもので、昔なつかしい部品に再会できます。(中村博司)
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2011年04月02日

★2011年4月第1週 

[ 4月3日 施(ほどこ)すとは程(ほど)を越すことである。】
(1)博物館便り
4月1日より新会計年度が始まった。この時期に当館の特別展示を入れ替えている。
昨年は「世界の街と自然の中を走る自転車」というテーマで、自転車はそれぞれの国の気候、風土、文化の中で進化し、その時代に必要とされる自転車が誕生してきた。世界を走る12台の自転車を展示し、それぞれの国の気候、風土、文化を想像してくださいというものだった。
今年はシマノ創業90周年にあたり、テーマとして「シマノ90年の歩み」とした。
19世紀に誕生し、地面を蹴って走った自転車はペタルを前輪につけ、速く走るために大きな前輪を採用、次に安全のためチェーンで後輪を駆動する等大発展した。しかし20世紀前半は2度の世界大戦で、技術は兵器の発明、改良に使われ、自転車は人々が入手しやすい価格になったもののレースやツーリング用変速機等の発明、改良もあったが、限られた分野であり、進化は停滞した。しかし20世紀後半になると健康や環境に対する効用が見直され生産数も増加し進化が再び始まった。
ベトナム戦争から撤退したアメリカではマウンテンバイクが誕生した。その当時から自転車の進化を支えていたのはシマノである。シマノ創業以来90年間に自転車の世界に何を生み出し、何を残したか「ものづくり」の視点から振り返ろうというものだ。是非足をお運び下さい。
<今週の展示車>
1983年に日本で最初に発売された新家工業鰍フマウンテンバイク、マディーフォックスです。
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(2)通勤サイクリング
3月は寒い日も多かったが、暖かい日もあり、走行距離は619kmだった。年間8,000km走行には毎月670km程走ることが必要で、今月も50km借り?が出来てしまった。4月は遠出の計画もあり800km位走ることになるだろう。
シマノ90周年の展示は当館の事だが、シマノは90周年の式典を創立記念日に行い、私も出席した。その席で社長は今回の震災に対し1億円と、釣具で扱っている防寒服を3,000万円分寄付する事を決定し、発送準備に入ったことを話された。会長の呼びかけで一分間の黙祷を行った。
当館は昨年10月に紙ヒコーキの組立教室を実施したが、その時協力いただいた会社の人から連絡があった。救援物資を被災地に送り届ける独自ルートがあるので、救援物資の提供を依頼する内容だった。立派な会社の信念を持った方からの依頼であり、私達博物館スタッフも被災者の方々に何かしたいと考えていたので、準備にかかった。
当館の女性スタッフはスーパー等で飲料水や紙類をみんなの寄付で購入してくれた。私は救援物資を被災地に届ける際に仕分け作業が大変だと聞いていたので、卸売団地へ行き、タオルを段ボール1箱、男性用と女性用ソックスとゴム手袋で段ボール1箱、老眼鏡50個をポケットマネーで購入した。購入の理由を卸売団地の方々に話すと協力して下さった。博物館のメンバーが呼びかけて集めてきた救援物資と共に発送した。
救援物資の提供依頼した会社の方からは、一週間後に被災地へ届けたレポートと共に写真も送られてきた。被災地の方々に喜んでいただけたとの事だったが、写真はあまりの被害の大きさに息をのむものだ。「心は被災者と共にある」「被災者に心を寄せる」という言葉が聞かれるが、本当に被災者と同じ心になれるはずはない。出来る事は「程を越える寄付や労力を提供する」ことしかないように思える。「施す」=「程を越す」=「心に痛みを感じる程のことをする」ことだと私は義父から教えられた。
この程度の救援物資を提供することで、私は本当に程を越したのか疑問が残る。これからも私に出来ることとは何かを考えていきたい。
11.4-1-2.jpg 仙台空港の写真だということです。
(3)新刊紹介
八重洲出版から「サイクルパーツ オールカタログ2011」が発売されている。製品紹介と共に「選び方はプロショップに聞け!車種別自転車の楽しみ方」など、これからサイクルスポーツを楽しむための情報がふんだんに紹介されています。税込価格2,100円です。(中村博司)
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