2011年04月23日

2011年4月第4週

[ 4月24日 日本と組織のあり方について考えさせられた。】
(1)博物館便り
この日記は4月21日(木)に書いている。私は15年前のこの日、1996年4月21日にシマノより出向でこの博物館へ来たのである。
当時の入館者は今より5,000人少なく、絵画コンクールの応募作品も2,000作品程だった。現在は34,500作品だから、17倍にも増えたことになる。
私の着任前の1995年では入館者とイベント参加者の合計は30,000人程で、現在の85,000人と比べ55,000人程増加したことになる。
当時も今もスタッフの人数は少ない。だから組織という形は少なく、1つのチームとしてスタッフ全員が、自分の持場で自由な発想で入館者やイベント参加者に満足していただく共通の目標に向かって努力した結果であると思う。その頃から入館者とイベント参加者の受付を担当してくれている女性スタッフが今も頑張ってくれているのは、個人の力を最大に引き出して働いてほしいと考える私の誇りでもある。
今回の大震災で思うことは、日本人と組織についてである。
日本人は大災害や大工事にチームプレーを生かした土木工事・共同作業を得意としてきた。当自転車博物館の目の前にある日本最大の古墳・仁徳陵古墳などその典型例である。ただ組織は1つの明確な目的と目標を共有している時は良いが、意見が分かれた時はその組織を守る勢力が主流になることが多いと思う。明治の時代は個人の力が日本のレベルを決めた時代であり、「坂の上の雲」に見られるように秋山好古は日本の騎兵が世界最強と言われたコサック騎兵を破った。秋山真之は日本海海戦で全力をあげて敵の分力を打つ艦隊行動という戦術で日本を勝利に導いた。ロシアから日本を守るという明確な目的を共有していた。しかし太平洋戦争は開戦か非戦かで意見は分かれ、良識ある個人の見識は埋もれて、組織は欧米の経済力、戦力を過少評価し、日本の経済力、戦力を過大評価する過ちを犯したように私は思う。
今回の事も戦後初の湯川博士のノーベル物理学賞に代表される先人の努力による日本の科学技術への過大評価と大自然の力を [想定した以上の力を想定外として除外していた] 過少評価することで大きな災害になった面は否定できないように思えてならない。この評価をした日本の組織のあり方についても、再検討が必要に思える。二度と同じような過ちを繰り返してはならないのである。
<今週の展示車>
アメリカ、シュイン社のハイライザーで、1970年頃作られレストアされた「コットンピッカー」というモデルです。
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(2)通勤サイクリング
4月下旬に入っても気温が上がらない日が多い。特に朝夕が冷え込み、長いパンツとシャツにウィンドブレーカーを着用して走っている。
先週17日に開催した健康サイクリングは染井吉野の桜の花吹雪の中を走る程に桜の開花が遅れていた。
今週に入って博物館の八重桜が見頃を迎えている。美しい八重桜に包まれた自転車博物館の風景をお楽しみ下さい。(中村博司)
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(3)新刊の紹介
八重洲出版よりチクリッシモNo23が発行されている。価格は1,575円です。
春のクラシックレース(ミラノ〜サンレモ、ツール・デ・フランドル、パリ〜ルーベ)を中心に集録している。
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posted by bikemuse at 12:34| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする
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