2011年07月29日

★2011年7月第5週

【7月31日 長い間お付き合いいただきありがとうございました。】
(1)博物館便り
7月第3週に書いた東京ローカル番組「第二アサ(秘)ジャーナル」の放送日が決定した。7月31日(日)の深夜1時半から3時までの間の10〜15分程度で堺を紹介するとのことだ。念のため再度お知らせしますが、放映されるのは東京だけですので大阪では観ることができません。
今回を持って7年間続けた毎週日記の執筆を終えます。多くの方から「毎週書くのは大変でしょう」と言われてきた。確かに毎週日記に書ける事はないかと常に周りを見る習慣がついた。しかし書く材料はどこにでもある。自分で動き、体験し感じたことを素直に書くことだ。事実を調べ確認して書くことだ。長く続けるには嘘とまではいかなくても誇張して書かない方が良い。また書く前に文章の構成を考える習慣をつけたい。
私にも悩みはある。7年間続けてきた毎週日記を書く習慣で、文章を書くことが日常化しているのである。書かなくても良いのだが、何か書いていないと落着かない私がいるのである。今度は新聞等に投稿することなど考えたいと思う。
<今週の展示車>
ダウンヒル用マウンテンバイク。セイントという専用部品を装着しています。
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(2)通勤サイクリング
休日を利用し、泉北ニュータウンと天野街道周辺を一筆書きサイクリングをした。泉北ニュータウンの緑道は泉北高速鉄道の泉ヶ丘駅、栂美木多駅、光明池駅に向かって伸びている。この緑道をうまく走ってできるだけ重複を避けてコースを作ろうと思ったのである。今回は2回目で前回は60kmだったが、今回のコースは70kmになった。もう少し手直しして「泉北緑道と天野街道一筆書き80km」というコースを作り、当館のイベント、市民の会サイクリングで使ってみたいと考えている。
先週は「自転車文化タウンづくりの会」が主催している、自転車コンクールの審査員が集まり、今年のコンクールの実施要項などを検討した。私にも協力要請があり、今後は時間にも余裕が持てると判断してお受けした。このコンテストは人と自転車双方に快適な空間を選び出し、自転車についての意識向上と自転車(駐輪と走行)空間のありかたを見出すため昨年実施された。今年は2回目を行うにあたり、コンクールの名称も含め、目的、手法、審査、広報、表彰に至るまで検討した。募集は9月頃に始めるため、正式発表は「自転車文化タウンづくりの会」のHPとフリーペーパー「CYCLE」で行われますので、是非応募して下さい。
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コンクールテーマの設定や応募要項を打合せました。
(3)これからのこと
来週は東北の夏祭りのツアーに行ってきます。今年3月の東日本大震災に対して、私は何が出来るかを考え続けてきました。東北地方への観光客が激減というニュースもあり、妻と相談してツアーに参加することにしました。
予約して待っていたら、私のツアーは参加者が少なくキャンセルになり、日程を変え実施を決めたツアーに変更しました。確かに東北地方は余震が続き、放射能汚染の被害は終息しそうにないので、この時期にわざわざ東北へという心配はあります。しかし東北地方への支援は今後10年、20年と続けなければならないものであり、その被害を心に刻んでおくことが、今は必要であると考えています。
来年5月までは博物館の仕事の仕上げと、引継ぎをきちんと行うこと、一度は欧州へ行きパリとロンドンのコミュニティサイクルの実態を確認し、堺のまちづくりに役立てたいと思っています。
6月以降については全く白紙ですが、私の知識と経験が生かせる環境を探して
、仕事量を減らしながら本当のリタイヤする時期を決めたいと思っています。
長い間この毎週日記にお付き合いいただき本当にありがとうございました。
来週からは私の後任として着任している長谷部雅幸さんに交代します。
私とは異なる視点で書かれる毎週日記に引き続きお付き合い下さいますようお願いします。ありがとうございました。(中村博司)

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2011年07月24日

★2011年7月第4週

【7月24日 自転車に一方通行】
(1)博物館便り
先週の毎週日記で私の仕事人生の前半について、通勤サイクリングの便りに書いた。今回はこの博物館についてなので、博物館便りに書いてみたい。
1974年から1986年まで私は営業部門で働いていた。その間には競技者登録していなくても参加できるチャレンジロードレースが1976年に始まり、一般の参加者の自転車に対しメカニックサービスを日本で最初に行った。1980年にはエアロ形状のロードレーサに試乗してもらうイベントも行った。たぶん日本で最初の自転車の試乗会だったように思う。
1987年から宣伝課に移った。新製品(シマノ600アルテグラ)のプロモーションを担当した。アルテグラという名前は私とアメリカのマーケティング担当者が考えて作りました。
アルティメイト(究極の)インテグレーション(統合)という意味をもつ合成語です。その他シマノスズカロードの本部の仕事も担当し、1991年にシマノが博物館を作るので手伝ってほしいと依頼を受けたのである。特に自転車の素晴らしさを伝えるための展示のコンセプトを決めて、具体的な展示や自転車の仕組みを体験する展示も販売促進の手法を使って考え、具現化した。形のないものを具現化するのはアイデアも時間も集中力も必要で大変な作業だったが、達成感もあった。その他イベント等も手伝い・・・過ぎて、その仕事が認められたのか1996年から博物館で働くようになったのであった。
博物館を作った島野名誉会長の「自転車に乗る楽しさを広める活動をしなさい」というテーマに沿って何をするべきか考え、展示、イベント、広報活動、執筆、講演活動を行い、最終的には堺を自転車活用する日本の自転車首都と呼ばれるようにしたいと考え活動しているのです。これが私の仕事人生のテーマであり、ライフワークでもあるのです。
<今週の展示車>
最新型、最高級のレース用部品、XTR装着のマウンテンバイクです。
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(2)通勤サイクリング
7月21日付の朝日新聞に「自転車に一方通行 警察庁、年内にも新標識」と掲載されていた。日本において一方通行は、自転車は除外される例がほとんどであったが、いよいよ海外並に一方通行は自転車にも適用されることになる。4年前のホノルルセンチュリーライドにお手伝いに行き、自転車で走った。ホテル周辺も走ったが、同じ道を戻れば・・・と思っていたら一方通行で、もちろん歩道通行も出来ず、地図とにらめっこしてホテルに戻ったことがあった。いよいよ欧米並に自転車は軽車両として自動車の一種という認識の普及に役立つことを期待したい。多少の不便はあるにせよ、安全に役立つための一方通行摘用となってほしい。そのためにも取り締まりをしっかりして、従来の法律に定められた左側通行、夜間点灯なども合わせて厳しい取り締まりにより、「暴走自転車」を全滅してほしいと願うばかりだ。
(中村博司)
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新聞に紹介されていた自転車の一方通行を示す新標識。


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2011年07月17日

★2011年7月第3週

【7月17日 ツールにメカニックとして参加した最初の日本人】
(1)博物館便り
TBSテレビ毎週金曜日の深夜1:30〜2:00の東京ローカル番組「第二アサ(秘)ジャーナル」が取材に先週来てくれた。日本の良さを再発見する旅、クールジャパンを求めて今回は大阪に来たのだ。
取材に来てくれたのは、浅草キッド(水道橋博士と玉袋氏)、江口ともみさんである。特に玉袋氏は自転車大好き人間で楽しみにしていたようで、撮影が始まるとテンションが上りっぱなりで、大いにもり上った収録となった。私も多くの取材を受けているが、こんなにヒートアップしたやりとりをしたのは初めてでした。
放送日は未定ですので、確定したらお知らせします。
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左から玉袋氏、私、江口さん、水道橋博士です。

<今週の展示車>
特別展「シマノ90年の歩み」の最後を締めくくるのはやはり電動デュラエースである。
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(2)通勤サイクリング
暑い夏が続いている。その暑い夏に行われるツール・ド・フランスはピレネー山脈を越えた。もうすぐ終る私の40年の仕事人生を語るうえで欠かせないのが、1973年の欧州プロレースへの参加である。
シマノはヨーロッパに進出し、その市場に必要なレース用自転車部品を開発したのがデュラエースである。
欧州のプロレースで評価を受けてこそ本物のレース用部品と認められると考え、ベルギーのプロチーム、フランドリアと契約し、私はそのチームに派遣された。
欧州自転車レースを調査し、デュラエースの弱点、改良点を報告することだった。肩書はR&D(リサーチ アンド デベロップメント)であった。
言葉が通じず、コミュニケーションに困った私はメカニックに貼りつき、この目で確認したことをレポートした。夜遅くまで働くメカニックを手伝い、少しずつ協力関係が出来て、ツールでは3人のメカニックの1人に選んでくれた。最初にプロレースに参加を書いたのはこのためである。
ツール・ド・フランスはスポーツイベントのように見えるが、実は巨大な宣伝・広告の媒体であった。チームはライバルとして戦っているようだが、1つのファミリーとしての結束も強い。ライバルのトラブルに付け込んで勝ちに行くことは許されない。自転車を愛してやまない選手達がフェアなレースをして自転車レースを盛んにすることで共存していこうとする暗黙の了解があるのだ。
メカニック達も工具や部品が不足すると助け合っていた。私も他のチームのメカニックの仕事を手伝ったこともあった。反対に、ホテルでシマノに電話して出遅れ、他のチームカーでスタート地点に行ったこともあった。
たぶん私は、ツールにチームのメカニックとして参加した最初の日本人だと思うし、これは私の誇りである。(中村博司)

posted by bikemuse at 14:27| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする

2011年07月09日

★2011年7月第2週

【7月10日 真夏の到来と紫外線対策】
(1)博物館便り
先週は博物館内で自転車ひろばの運営、管理に関係する人たちが集まって反省会を開いた。
自転車ひろばの主な事業としては、当館で展示しているクラシック自転車のレプリカに体験試乗をしていただくものと、自転車に乗れない人を対象にした「初心者スクール」がある。体験試乗する人は小学3〜4年生の団体利用が圧倒的に多く、年間8,000人の利用がある。小学生対象に作られたレプリカなので中学・高校生の団体利用を受付けていない。一般には偶数週の日曜日と祝日の開催だ。また乗り方教室は毎土曜日と奇数週の日曜日に行っている。5歳以上で身長も105cm以上の方を対象に、毎回30人を予約で受付けている。
教える側は約10人で、まずブレーキのかけ方や自転車スタンドの使い方、自転車を押して歩く。ペタルを外した自転車でバランスに集中して練習し、出来るようになったらペタルをつける。自力発走の練習と自転車ひろばを周回する練習。すべて出来る子供には大仙公園内を走ることで交通ルールを教え、より楽しんでもらう。
受講者を次の段階に進めるか、判断基準を皆で話し合って決めたり、これからは真夏日の練習になるので、熱中症対策について私から講習を行うなどしました。またこの教室に参加した方のアンケートに書かれた要望事項について実現可能か、いつから実施できるかなど話し合ったのです。
以前は公園のトイレが汚いといった要望が多くありましたが、昨年から近くに堺市の公園協会の施設「花と緑の交流館」がオープンし、参加者に紹介するようにした結果、こうした苦情はなくなりました。嬉しいことです。
<今週の展示車>
欧州に多いトレッキングバイクでベンツ社のものだ。内装8段の自動変速とグリスを封入したローラーブレーキシステムを採用し、安心して雨天でも使える。
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(2)通勤サイクリング
6月下旬は快晴の日が多かったが、7月になって関西にもまた梅雨が戻ってきた、しかし8日(金)には気象庁から梅雨は東海、近畿、中国、四国で明けたと見られるとの発表があった。いよいよ真夏の到来である。この時期は紫外線が強く日焼けし易いので要注意だ。
人体に影響があるのはUVAとUVBだ。UVAは皮膚を通り越して真皮に達し、コラーゲンなど弾性繊維を破壊し、しわなどの原因となる。
UVBは日焼けの原因となる。紫外線をたくさん浴びると皮膚は赤くなり、次に黒くなる。これはメラニン色素が作られるためである。老化した皮膚は垢として廃棄されるが、メラニンが大量に作られるとシミとして残る。
皮膚は定期的に生まれ変わるが、20歳代は28日位、30歳代は40日、50歳代は55日位までと長くなり、年齢を重ねるとメラニンが沈着しやすくなるのだ。これを避けるには紫外線量の多い午前10時〜午後2時の時間を避けるか、日陰の多い道を選んで走るなど考えたい。私はサンバイザー付ヘルメットとUVカットのグラスを使用し、夏用の長袖ジャージを着用するなど対策している。
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1972年6〜7月にアメリカで自転車野郎の収録を行い、サンフランシスコの金門橋で撮影した。

1972年に私はシマノが製作、放映スポンサーになってTVセミドキュメンタリー「すばらしき自転車野郎」に出演したことが縁でシマノに入社した。
来年で私はリタイヤするが、40年間シマノで働かせてもらい、良い仕事人生を送れた事に感謝している。(中村博司)

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2011年07月03日

★2011年7月第1週

【7月3日 スポルティーフの性能の高さを再発見】
この毎週日記は2004年8月第1週sにスタートした。あれから今月末で7年間継続していることになる。
7年前はこのホームページのヒットを増やし、情報発信力を高めるためには更新回数を増やす必要があるとのアドバイスもあり、私に出来ることは何か・・・を考え毎週日記を開始したのである。
突然ではありますが、今月末をもって毎週日記の執筆者を交代します。長い間お付き合いいただきありがとうございました。
私も63歳を越え、来年5月に64歳になって公的年金を受給できる年齢になるのを機に自転車博物館を去ることにしました。
今後のことや後任の事については、あと4回の毎週日記の中で順次紹介していきたいと思います。
先週、堺の自転車のまちづくりの会議に出席しました。正式な名称は「堺自転車環境共生まちづくり企画運営委員会」という名前で目的は「地球環境と人にやさしい自転車を活用し、市民と行政が一体となったまちづくりを進めるに当たり、市民の意識を醸成・高揚し、また市民の自主的な活動を広げ、進めることを目的とする」で、シマノから2億円の寄付を受けた堺市が自転車を活用するまちづくりの基金条例を作り、その基本計画を策定するためにこの委員会が作られた。委員長は大阪大学の新田保次教授で、私は副委員長として活動してきた。近年は1年間に1回の開催とあまり活発に活動しているとは言い難い。今回も参加している各団体や堺市の部署から自転車のまちづくりをすすめるために行った22年度の実績と23年度の計画について発表があったが、意欲的な発表はなかったと言っても過言ではない。かろうじて私も一員として活動している「堺・自転車のまちづくり市民の会」だけが気を吐いているのである。この副委員長職も来年4月には博物館の後任の担当者と交代する。ただ私の取組んでいる「自転車を活用するまちづくり」は私のライフワーク、つまり私の生き方の1つであり仕事ではない。副委員長から退いても市民の会のメンバーとして活動を継続し、この委員会にも市民の1人として出席したいと考えている。
<今週の展示車>
「シマノ90年の歩み」の特別展示の1台。1999年に開発した圧縮空気を使って変速するエアラインズ装着したデュアル用レース車です。
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(2)通勤サイクリング
6月は梅雨入りが早く本当に雨天の中を走行する日が多かった。
6月19日(日)に市民の会のサイクリングでは、いつ雨が降り出してもおかしくない天候で実際に小雨にもなった。しかし、路面が濡れて車輪から水しぶきが舞うという雨ではなかった。
私は午前の部の15km、午後の部の50km、通勤の30kmと合計95km程をこのスポルティーフで走った。
車重は12kg位あり、700×28cのタイヤは重く、泥除けが付いているので、空気抵抗も大きいはずだ。スタートする時にロードのような軽い踏み出しはないが、25〜30kmのスピードで走っていると、実に快適にスピードを維持して楽しく走れることを実感した。確かにタイヤが重く、加速抵抗は大きい。しかし、空気抵抗は大きく影響しないスピードを保って走るようにこのスポルティーフは設計されている。クロモリのフレームは剛性があり、路面のショックも適度に吸収してくれる。雨の日の通勤にしか使っていなかったこのスポルティーフは100km以上のサイクリングでもその性能を発揮してくれることを発見し、とても嬉しくなりました。このスポルティーフを改装して来年には四国や九州をサイクリングしたくなりました。
6月は775km走り、1月から6月までの走行距離は4,088kmになりました。年間8,000kmに向かって順調です。
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愛用のスポルティーフ

posted by bikemuse at 13:29| カテゴリ無し | 更新情報をチェックする